傘と長靴

雨の日を楽しくするファッションを紹介します。

【小説に描かれる傘】 太宰治の『女性徒』に出てくるアンブレラ

こんにちは。傘と長靴のukiです。

今日はよいお天気。梅雨の中休みですね。

 

雨宮まみさんの傘にまつわる短篇小説「失恋の残りもの」を読んでから、小説に出てくる傘が目につくようになってしまった私です。

 

つい最近、友達のお嬢さんが学校で太宰治研究をすることになったと聞き、中学生の娘さん、イコール女性徒という単純すぎる連想をして、太宰治の短篇小説『女性徒』を手に取りました。『女生徒』は素敵な短篇小説です。お父さんが亡くなり、お姉さんがお嫁に行き、今はお母さんと二人暮らしの女学生のある一日。

 

自分で縫った下着にこっそり白い薔薇の刺繍をさす女学生。誰にも見せるわけではないけれど、薔薇の刺繍を胸に抱いていることに得意になります。その気持ち、すごくわかるし可愛い! けれども、もう大人になりかけている女学生は、可愛いだけでもいられないのです。女学生の一日は、自意識と自分の中に芽生えてくる毒に振り回されて終わります。そして、本当の自分がよくわからないと嘆くのです。無理もない、女学生時代など遠い昔の私だって、まだ自分が何者なのかよくわからないのだから。女学生の感情はせわしなく動きます。自分を好きになったり、嫌いになったり、お母さんのことを恨めしくj思ったり、そのことを心の中でこっそり詫びてみたり。でも、夕焼けの美しい空を見ていると「みんなを愛したい」と思います。「美しく生きたい」とも願います。そんな女生徒が持つのはお母さんから譲り受けた傘。

 

ごはんをすまして、戸じまりして、登校。大丈夫、雨が降らないとは思うけれど、それでも、きのうお母さんから、もらったよき雨傘どうしても持って歩きたくて、そいつを携帯。このアンブレラは、お母さんが、昔、娘さん時代に使ったもの。面白い傘を見つけて、私は、少し得意。こんな傘を持って、パリイの下町を歩きたい。きっと、いまの戦争が終ったころ、こんな、夢を持ったような古風のアンブレラが流行するだろう。この傘には、ボンネット風の帽子が、きっと似合う。ピンクのすその長い、えりの大きく開いた着物に、黒い絹レエスで編んだ長い手袋をして、大きなつばの広い帽子には、美しい紫のすみれをつける。そうして深緑のころにパリイのレストランに昼食をしに行く。ものそうに軽く頬杖して、外を通る人の流れを見ていると、誰かが、そっと私の肩をたたく。急に音楽、薔薇のワルツ。ああ、おかしい、おかしい。現実は、この古ぼけた奇態な、のひょろ長い雨傘一本。

 

太宰治の『女性徒』が書かれたのは1939年、当時まだ和傘もあったでしょうが、洋傘も出てきていたはず。お母さんが娘時代に使った古風なアンブレラだと女学生が言っていますから、最新流行の傘というわけではないのでしょうが、毎日新聞のサイトから見つけてきた1920年代の洋傘が、今の時代の傘とそれほど変わらないようすを見るかぎり、その傘、今の私たちが見ても素敵だなあと思ったかもしれません。

 

毎日新聞のサイトにあった1924年(大正13年)撮影の写真

↓同じく毎日新聞のサイトにあった1926(昭和元)年撮影の写真

 

女学生は一日の終わりにこんなことを考えます。

 

明日もまた、同じ日が来るのだろう。幸福は一生、来ないのだ。それは、わかっている。けれども、きっと来る、あすは来る、と信じて寝るのがいいのでしょう。わざと、どさんと大きい音たてて蒲団にたおれる。ああ、いい気持だ。蒲団が冷いので、背中がほどよくひんやりして、ついうっとりなる。幸福は一夜おくれて来る。ぼんやり、そんな言葉を思い出す。幸福を待って待って、とうとう堪え切れずに家を飛び出してしまって、そのあくる日に、素晴らしい幸福の知らせが、捨てた家を訪れたが、もうおそかった。幸福は一夜おくれて来る。幸福は、――

 

 

そして眠りに落ちるときには、こうつぶやくのです。

 

おやすみなさい。私は、王子さまのいないシンデレラ姫。あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか? もう、ふたたびお目にかかりません。

 

あなたがお母様から譲り受けたのはどんな傘だったのですか? それを目印にすれば、東京の中で私はあなたとめぐり会えるのでしょうか。